| 新作落語 現在、日本の社会問題といえば「少子高齢化」ですな。一人の女性が一生涯に産む子どもの数に相当する合計特殊出生率は 1.15とかいわれてる(2024年)。これは結婚している女性と独身女性もひっくるみの合算平均です。ですが、結婚してるかしてないかかかわらずを政府は「こども家庭庁」を作って対策したつもり、いや対策しているフリをしているわけでございます。やってることは女優三原順子に舞台をしつらえ、予算を消化するのが目的、子供のいる家庭に支援などどほざいてるわけでございます。 子供のいる家庭に支援ではなく、まずは若者の結婚を支援するのがスジというもんでしょう。頓珍漢とはまさにこれです。こども家庭庁がなにか出生率アップに成果を上げたのでしょうか? 皆無です。 なんか組織を作って予算を組み、妙な団体や組織が公金を食いつぶし、なんかやりましたという体をとる。無能政治家の仕事がこれでございます。税金の無駄、そんな省庁廃止してしまえ。ちょっと言うことが過激だったでしょうか。 さて、晩婚化も問題だが、それでも結婚した夫婦であれば、子供 2-3人くらいの家庭は一般的ではないでしょうか。昔のように20代前半で結婚すれば子供3人以上もあり得る。子供が多いと生活費学費などコストがかかるので経済的に大変だといわれます。しかし私の母のように7人くらい子供を産んでる女性も以前は当たり前のようにいたわけです。しかし、昔のほうが貧乏でした。現在子供の多い有名人といえば橋下徹弁護士の子供は7人、杉浦太陽 辻希美夫妻の子供は5人と奥様よう頑張りましたなぁ。いずれの家庭も経済力はありそうなので安心してすくすくと育ってほしいものであります。 貧乏人の子沢山という言葉があります。こう言っては身もふたもないかもしれませんが、カネがないからも遊びも贅沢もできない、カネのかからない遊びの一環として、そっちのほうに走るのかもしれませんな。それともう一つ、子供は労働力という側面がありました。特に農家では労働集約型の産業という意味で、子供は大きくなれば、りっぱな労働力となります。肉体労働ということでは男の子のほうが人気があったわけであります。高度成長時代では小さな自営工場ではやはり子供が戦力になったりするわけです。なぜなら、畑や工場では子供をタダの労働力として使うことができたわけです。衣食住は提供するけれども給料はお小遣い程度、少年のうちからそのような環境に育っていれば、こども自身も「そういうものか。」とダマされているわけでございます。 他人を雇えば給料を払わなければならない。ところが自分の子供なら飯を食わせておけばいい。しかし、いくら子供でもある程度の年齢にもなれば気が付く時が来るわけで、まあ、親にしてみれば「あっ、気が付いちゃった?」そこまで引っ張れれば「まあいいか」てなもんでしょう。現代ではスマホを始め情報収集力は親以上になっているため、ようやく使えるくらい大きくなってきた子どもは「お父さん、最低賃金がいくらか分かってる?」なんて生意気なことを言うわけで、時給いくらかを払う約束をしないと一切動いてはくれないのであります。 いよいよ、臨月のお母さん、「あんた、お産婆さんを呼んどくれ!」顔から体から、汗を吹き出しながら。そりゃあもう必死でございます。最近では出産は病院というのが当たり前ですが、昭和の時代では、自宅で、助産婦さんを呼んで出産を補助してもらうのが普通でした。どこの誰に連絡したら助産婦さんがやってくるのかわかりませんが、助産婦というプロがいたのか、あるいは出産立ち合いを数多くこなしてるだけのタダのおばさんだったのかもしれません。「旦那さん、お湯を沸かしてください。」旦那さんや子供たちもお母さんの大仕事に興奮しているわけでございます。「おぎゃー」と無事出産、小さな「たらい」・・今の人は「たらい」をご存じないかもしれません。要するに洗濯用の大きくて浅いバケツのようなものでございます。そこに人肌のぬるま湯を張って赤ちゃんを洗い、ガーゼのような柔らかい産着を着せるわけでございます。 出産直後の「おぎゃー」は母胎内で肺にまで入ってるかもしれない羊水を吐き出し、肺呼吸をただちに開始し始めたという印で母体外に一個の生命体が誕生したという、たいへんおめでたい「おぎゃー」なのであります。この辺りは昔の映画やドラマでよく見かけた光景ですな。 大仕事を終えたお母さん、赤くて小っちゃくてかわいいわが子を抱いて、それはもう幸せいっぱいでしょう。一人の人間を産んだということが「女の誇り」というか「母親になった」という誇らしい気持ちもあるのではないでしょうか。 一方、お父さんのほうは無事生まれてよかったという安堵感はあります。よくお父さんが「泣いた」とか「号泣」したとかいう話を聞きますが、あれはほとんどウソじゃないでしょうか。生まれたばかりよりは時を経て徐々に父になっていくのが男というものでしょう。 母はわが子を抱きながら、「お父さん、お産婆さんにお金を払って」と言うのですが、赤貧洗うがごとしの貧乏一家、払うお金がありません。明るい家族計画なんていう言葉もありましたが、計画できるくらいなら、お金にこまるはずはありません。「お金、ないよ。」 「お金ないよって、あんた! どうするの、子供は生まれたのよ!」 「だってしょうがないじゃないか」 「えなりかずきのものまねしてる場合じゃないのよ!」 お母さん、ふがいないお父さんに声を荒げて「どうするの!」と迫るのですが。このお父さん 「今日はお金がないから、この赤ちゃん もとに戻してもらえ。」 「へっ!」 お母さんの開いた口がふさがらない。絶句。 あれから何年か経ち、物心ついた息子に「お前が生まれたとき、そんなことをお父さんは言ってたのよ、まったく。」と思い出話を語るお母さん。 それを聞いた息子は「一度くらいは戻ってみたかった。」 父子そろってバカだった。 |